折に触れて、振り返ってみたくなる、そんな文章がある。
僕にとって、スーザン・ソンタグがバッサー女子大の卒業生たちに贈った「餞(はなむけ)の言葉」もそんな文章のひとつだ。2003年、ソンタグが急性白血病で他界する直前に語った言葉は、今でも少しも色褪せない。
以前はソンタグの肉声や「餞の言葉」の全文がネットで簡単に確認できたのだが、版権の関係なのか最近ちゃんとみるとこができなくなっているようなので、主に自分用のメモとして、かなり不正確なものであるのを承知の上で、ここに残しておきたい。
人の生き方はその人の心が何に向かってゆくようにつくられていったのか、また歪められてきたかの軌跡です。注意力の形成は教育の、また文化そのものの、まごうかたなきあらわれです。人はつねに成長します。注意力を高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。
検閲を警戒すること。でも、忘れないでください−−−−社会においても、個々人の生活においても、もっとも強力で深層にひそむ検閲は、自己検閲なのです。
本をたくさん読んでください。本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。本に対する期待を維持すること。二度読む価値のない本は、読む価値はありません(ちなみに、これは映画についても言えることです)。
言語のスラムに沈み込まないように気をつけてください。言葉が指し示す具体的な、生きられた現実を想像するよう努力してください。たとえば、「戦争」というような言葉について。
自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分については全く、または、少なくとも持てる時間のうち半分は考えないこと。
動き回ってください。旅してください。しばらくのあいだ、よその国に住むこと、決して旅するのをやめないこと。もしも、遠くまで行くことができないのであれば、自分自身から離れられる場所により深く入り込んでゆきましょう。時間は消えてゆくものだとしても。場所はいつもそこにあります。場所が時間の埋め合わせをしてくれるのです。たとえば、庭は、過去はもはや重荷ではないという感情を呼び起こしてくれます。
この社会では商業が支配的な活動に、金儲けが支配的な基準になっています。商業に対抗する、あるいは商業を意に介さない思想と実践的な行動のための場所を維持するように心がけてください。自ら欲するならば、私たちは一人一人が、小さな存在ではあっても、この社会の浅薄で心が欠如したものごとに対して拮抗する力となることができます。
暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。そして、良心の居場所を守ってください。少なくとも1日に一回は想像してみてください。もしもアメリカ人じゃなかったら、って。あるいはもっと想像してみてください。もしも自分が、パスポートも持たず、家には冷蔵庫も電話もなく、飛行機にも一度も乗ったことがない、この地球上の圧倒的大多数の人々の一人だったら、どんな風だったろうって。
自国の政府のあらゆる主張に対しては極めて懐疑的であるべきです。他の国の政府に対しても同じように懐疑的であるべきです。恐れないのは難しいことです。だから、なるべく恐れないようにすること。大いに笑うことはよいことです。それがあなたの感情を押し殺すためのものでない限りは。
誰かに庇護されたり、見下されたりすることを許してはいけません。特に女性の場合には、今も、これからも、そういうことが起こり得ます。屈辱ははねのけること。卑怯な男は叱りつけてやりなさい。
どんなことでもやってみてください。歯を食いしばって、好奇心を持ちつつけて。インスピレーションが沸くまでとか、世間の方から好意を寄せてくるまでとか、待っていてはダメです。
注意を払うこと。これがすべての核心です。目の前で起こっていることをできる限り自分の中に取り込むこと。課された義務のしんどさに負けて、自らの人生を狭めてはいけません。注意を傾けることこそが生命力なのです。注意力があなたと他者とを結びつけてくれるのです。いつまでも情熱を失わないでください。
私が愛や幸福について語っていないことに気がつかれたかもしれません。私が皆さんにお話ししたのは、幸せかもしれない人になるということ、あるいは、そんな人のままでいるということです。幸せについて考えないでいることが大事なんです。幸せとか愛とかの話じゃない。大きな、包容力のある、誰に対しても何に対しても注意を傾けて反応できる、皆さんはそんな人になれるかもしれないってことを言いたいのです。
(高橋源一郎訳参照:原文の抜粋はバッサー女子大のウェブサイトを参照)
2017/01/20 トランプ大統領就任式の直前に。
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